あたしよ。あの日から8年よ。
あたしよ。
愛され月うさぎの
おっぽこ一番よ。
月世界ではもう
本気でカクカクしないわよ。
あれは生きていたからこそ
マジになれるものだからね。
で、今日はあたし曜日だけど、
あの日よ。3月11日の
東日本大震災があった日よ。
あれから8年が経ったけど
まだまだ復興が
進んでいない地域があるわよ。
「計画停電」なんて言葉が
皆の記憶から消えそうになってるけど。
そりゃいくらなんでも
自分の家族と同様には思いやれないけど
日本は地震大国よ。
この国で生きているのなら
いつどこで大地震が起きても
おかしくない、明日は我が身だって
それだけは忘れちゃいけないのよ。
みなさん、ペットは
たいせつな家族同様よ。
いざという時に避難できるアテは
ちゃんとあるかしら?
物資だけじゃないわよ、大事なのは。
みんながやってるSNSも
小さな生き物たちにとって
命綱だってこと。
行政は動物にやさしくなんかないわよ。
だからこそ、ネットよ。
これだけは忘れないでよ。
総入れ歯そういえば。
3.11のあの日、あたしは
深夜から体調を崩したわ。
食欲がなくなって、お腹が痛くて。
そうよ、あれがあたしにとって
初めてのうっ滞だったわ。
あの夜は、あたしにとっても
ぷれ吉にとっても
物凄く長かったわ。
まだうさぎを正しく診察できる
病院が少ない時代。今もそうよ。
応急処置の方法を検索したり
うさぎを診察できる病院を調べたり。
あたしは痛みに耐えながら
ぷれ吉が情報収集している様子を
音と気配で感じ取っていたわ。
朝になって空が明るくなる頃
あたしは体温が下がって
失禁するほどに衰弱。
もうダメだわと思った。
朝が来ても、病院が開くのは
早くても10時がほとんど。
ダメもとで9時過ぎから電話を
かけまくって、まだ時間外なのに
電話に出てくれて、状況を説明したら
すぐに連れて来てくださいと
受け付けてくださった一軒の病院。
それ以来、あたしのかかりつけは
その病院だったわ。
病院に着いた時にはもう
かなり危険な状態だったあたし、
点滴の針が通せる血管がなくて
仕方なく、耳の血管に点滴を刺したわ。
その後、色々と処置を済ませて
まだ体温が足りない(危機は脱した)
から今日はこのまま入院ってことになったの。
この時はまだお昼ごろ。
ぷれ吉はあたしを病院に残して
帰宅して、気分転換に
犬のポテを散歩に連れて行き、
また帰宅して、TVで金八先生の再放送を
見ていたその時よ。
突然、部屋が大きく揺れだしたのは。
あたしのほうもビックリよ。
慣れない場所で、耳に点滴を
ぶっ刺した状態で、急に部屋が
真っ暗になってさ。
何これヤバいんじゃないの?
って焦ったわよ。
夕方ごろにぷれ吉が面会に
また来るって言ってたけど
これじゃ来られないだろって。
しかし偶然にもパパさんが
社用車で近所にいたのよね。
だから代わりにパパさんが面会に
来てくれたからラッキーだったわ。
あたしぷれ吉よりパパさんが
好きだったから。
でも入院なんてするハメになって
拗ねてたから、八つ当たりして
パパさんにオシッコ飛ばしちゃったわよ。
あの時はごめんなさいね。
あの時は本当に凄く
大きな揺れで、あたしは無事に
家に帰れるのか不安だったわ。
でもあんな大きな地震を挟んだけど
あたしの体調はすぐによくなった。
病院の人があたしにハコベを
食べさせてくれたの。
それ以来、野草はハコベが大好き。
月世界でも「月ハコベ」があるから
今はそれを食べているわよ。
あたしにとって3.11は
初めてのうっ滞記念日でもあったわ。
でもあれから、あたしと
ぷれ吉の絆がぐんと深くなったと思う。
あら、もうこんな時間。
日付が変わっちゃいそうだから
今日はこの辺でオイトマン。
ではまた月曜日に会いましょう。
平穏な日々に感謝を込めて。
愛され月うさぎの
おっぽこ一番でした~♪
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